【プノンペン】かつての魔都の≪遺跡≫巡り

以前「プノンペンのひとり飯」情報とMAPを磯仁様にお願いして作成、UPいたしました。

うち1軒がクローズし、地図を修正しようとGoogleの管理画面を見てビックリ!表示回数が8,711回もありましたよ。

*記事閲覧数ではなくgoogleMAPの表示回数

ああいう情報のニードって、あるんですねぇ。プノンペンの、ごく限られたエリアだけなのに。

ところでプノンペンにイオンモールが出来てから、今月で丸3年になるそうです。そのイオンの西側の道を北へ歩いて数分。

ブディンと呼ばれたそのエリアはその昔、格安な置屋もあったそうで、魔都と呼ばれた頃のプノンペンの姿を今も残しているように感じたものです。

2011年7月に旧:ブログにて紹介しました、A様のプノンペン体験談のなかに、このブディンもありました。

プノンペンの廃墟

ブディン地区にも行きましたが、
廃墟ビルでの営業はクローズしたとのこと。

外をうろうろしてたらポン引きのお兄ちゃんが声をかけてきて、提示40ドル、交渉で1発25ドルまで下がりました。

引用元:アジアの尾根遺産

プノンペンの廃墟ビル

ところがこのブディンの廃墟のような区画も、時代の流れでとうとう取り壊しが始まり、再開発されるんだそう。

今回のリバイバル記事は2011年4月。かつてのスワイパー等を巡ったときのレポです。

◎置屋ストリート

 

今回はオトナの修学旅行、というか【史跡巡り】 をして参りました。

プノンペン70St.

カンボジア=日本友好橋から西へ伸びる、70Stの現在です。ここがかつて置屋ストリートだったとは、、、

下の画像は、当時の「格安置屋」の残骸だ、と運転手が教えてくれた所です。

プノンペン70st.-2

この板張りの廊下の奥に並ぶ小部屋で、世界中から集まったオトコたちが、欲望を発散させていたんですね。

どれほどのオトコが、この狭くて低い入口から“魔窟”へと足を踏み入れたことか。

この70St、実は今でもひっそり営業している置屋が数軒ありました。

モロに撮影するわけにはいかなかった(関係者が店先にいた)のですが。

プノンペンの70st-3

上画像の左側とか。

 

◎スワイパー村

プノンペン中心部から11km北にあるので、当時、タクシーに村名をモロに言わずに“イレブン・キロメーター”と告げて向かったとか。

この道18年、というベテランの運転手も

「ここへ来るのは久しぶりだなぁ。確かこのあたりを右折するんだが・・・」

というくらい、かつての面影はないようです。

プノンペンの70st-4

このあたりがメイン・ストリートです。

道の両側に、売られてきたベトナム尾根遺産やカンボジア尾根遺産が数百人はいたとか。

で、一発2$とか3$だったわけです。

 

◎ブディンの廃墟置屋

 

冒頭の画像を私が「廃墟」と呼びました。

雑誌「アジアン王」で当時、このブディンに触れて“昼間ちょっと覗いてみては?”と書いてあって、それに対して私が治安を考慮し、無責任!と批判したのでした。

今となってはそれさえも、懐かしい思い出です。

 


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