【道待娘】と命名したゲイランの思い出

私が記事内で“道待娘”と表記するのは

最近の読者様でもご承知かと存じます。

 

今回のリバイバル記事は、

2010年6月のシンガポール・ゲイランです。

 

このとき初めて“道待娘”という私の造語が

世に出たわけですが、なぜ造語にしたのか?

私の道待娘愛ゆえのこだわりがありました。

 

アジアナイトウォーカー誕生翌月の記事です。

当時の2記事を削除して再編集しました。

文中画像は実物道待娘です。(7年前ですが)

シンガポールのゲイラン地区
シンガポールのゲイラン地区

 

◎私だけでしょうか

 

いにしえの昔から現在まで、

洋の東西を問わず存在する立ち☆ぼ。

 

誘惑光線を放つ服装で

路傍に立っている尾根遺産とすれ違うだけで

なんとも表現できない甘酸っぱい感情が

込み上げてくるのは私だけでしょうか。

 

眺めているだけでも、店舗型の風俗とは

異質のドキドキ感があります。

独特の風情、とでも言いましょうか。

 

ゆえに私は「立ちん○」という語句が嫌いです。

言葉の響きに風情が感じられません。

それに代わる表現として

私が考えた造語が「道待娘」です。

 

◎道待娘の現状(2010年春)

 

彼女たちは常に迫害される運命にあります。

数年前まで多数生息していた、

マカオ北京街の中華系・ロシア系道待娘は、

度重なる取締で絶滅してしまいました。

 

そして昨春以降シンガポール・ゲイランでも

当局が日々巡回しています。

道待娘の密度世界一だったゲイランに、

かつての面影はありません。

 

それでもまだ、ゲイラン道待娘は懸命に

生き残る術を模索しています。

ゲイラン道待娘

 

◎中国娘Cちゃん

 

写真の娘は、某ホテルの駐車場に

隠れて営業していました。

 

皆さんが道待娘に対して抱くイメージは

「暗い」とか「悲惨」かもしれませんが、

彼女の天真爛漫さが画像から

少しでも伝わればと思います。

 

束の間の、一期一会の逢瀬ですが、

ついこちらも笑顔になってしまうような

後味爽快な娘でした。

 

シンガポールのゲイラン

◎中国娘Sちゃん

 

道待娘たちは、道ゆく男性に

チュマ?とささやきます。

「(ホテルに)行く?

というようなニュアンスです。

 

小首を傾げながら、やや上目遣いに、

誘うように、窺うように。

現地で経験しないとわからないでしょうが

無性にそそられます!!

ゲイラン道待娘2

超美形のSちゃんです。

 

私が彼女をいたく気に入った理由は、

その美貌も勿論ですが、

彼女の「チュマ、チュマ」が

メチャクチャ明るいんです。

 

例えるなら、TDLやUSJに行きたい

4、5歳の女の子が両親に、

「ねぇ、行こうよぉ! 連れてってよぉ!」

とおねだりする時のように。

 

彼女に出会った時、私は昔の

ドラマのワンシーンを想起しました。

「東京ラブストーリー」の、有名な場面。

 

鈴木保奈美演じるヒロインが、

織田裕二に向かって振り向きざまに

ねぇ、カンチ!セック○しよっ!!

と明るく言い放つ、あのシーンです。

 

彼女の日常に蔓延しているはずの、

暗い陰も背徳感も全く感じさせない、

ありえないような無邪気さと微笑みから

放たれた「チュマ!」に、

中年オヤジは一発KOされてしまったのです。

 


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