ナイトウォーカー誕生秘話?スラウェシ道待娘

前回、スンダ娘と同様、スラウェシ娘も好き、と書きました。

そもそも8年半ほど前、私がアジアナイトウォーカーとしてデビューできたのは、一人のスラウェシ道待娘との出会いがあったからこそ、でした。

当時をご存じない読者様向けに、今回はアジアナイトウォーカー誕生までのいきさつ&思い出話を。

シンガポール夜景

◎最初はシンガポール

アジアの夜遊びネタを専門とするライターになろう!

無謀極まりない決意を胸に、私が最初に向かったのはジャカルタではなくシンガポールでした。2010年春のことです。

20世紀から21世紀になったばかりの頃。インターネットにはまだ、今のように旅行情報が溢れてはいませんでした。ブログというものも存在しなかった時代です。

海外で夜遊びしたい人間にとって、データハウス社の「夜の歩き方」シリーズはまさにバイブルでした。

しかし、風俗業の栄枯盛衰はかつても同じ。単行本の情報はアップデートされないので、現地で「あれっ?」と戸惑うこともしばしばでした。

そこで2010年当時の私はひらめいたのです。

自分の足で現地の風俗情報を集めてデータハウス社に売り込もう。

「古くなった内容を、そろそろアップデートしませんか?」と。

そこでまず、既刊のなかでシンガポールに狙いを定めた次第。ジャカルタはシリーズにありませんでした。

シンガポール:ゲイラン通り

◎道待娘に惹かれて

初めて足を踏み入れた、シンガポール/ゲイラン地区。

置屋の赤い数字がズラズラと並ぶ異様な光景。そして度重なる取り締まりのなか、道待娘も無事に生息していることを確認。

初めて道待娘を発見したときの嬉しさを、旧ブログで「新種を発見した生物学者」に例えましたっけ。(学者の皆さま、ごめんなさい)

1,2人目は小姐。そして3,4人目はインドネシアン。道待娘との、束の間の快楽に震えるほど感動したものでした。

その4人目がオラン・スラウェシのYちゃんでした。

小姐と違って英会話が流暢で、話し込んでいるうちに30分以上過ぎてしまい、慌てる私に「大丈夫。ゆっくり楽しんで」と。

別れ際に連絡先を交換。日本に帰国してからもSMSで「miss you!」みたいなやりとりが続きました。

 

◎ならばジャカルタに行こう

シンガポールでの体験談をまとめあげて、データハウス社に郵送したものの、レスポンスはまったく無し。完全無視、でした。

今から思えば、あの程度じゃあとても、「あなたに改訂版を任せます」なんて言ってもらえるレベルの代物ではなかったですが。

それでも、黙殺された悔しさが日々募っていくばかり。

だったらデータハウスが刊行していない都市を、自分で開拓してみよう。でも、何処がいいのか・・・

思案の末、ターゲットはジャカルタに決定。Yちゃんがゲイランからジャカルタに戻っていたので、再会も兼ねて案内役も頼もう、と。

結果的にYとの再会はホロ苦い思い出ですが、それでも彼女がジャカルタに戻っていなかったら、私はジャカルタ初遠征を決断していなかったでしょうから、Yにも感謝、です。

スラウェシの娘

この画像に見覚えのある読者様もいらっしゃるかと存じます。

にほんブログ村で、アイコン代わりに私がデビュー時から何年間も使っていた画像。(今は別の画像です)

右側の娘がYです。彼女がアジアナイトウォーカーの原点。

ですからアイコン代わりがこの画像だったのです。

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ナイトウォーカー誕生秘話?スラウェシ道待娘」への2件のフィードバック

  1. データハウス社っていうのはかなり前からあったように思います。リアル系に興奮しながら読んでいました。あれ?違うっていう情報もありましたね。出始めは10年以上前ではないでしょうか?→ってことは管理人さんもかなりの御年を迎えられてる事になりますね、還暦近くですよね

    1. 数ケ月前にも「還暦」云々というコメントを頂戴しましたが、一応私はまだアラフィフです。
      まぁ、それでも「還暦近く」とも言えますが。

      データハウスの「夜の歩き方」シリーズ、私が初めて購入したのは2003年ですから、もう15年前ですね。

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